はじめに
「レゲトン」と聞くと、明るいリズムとダンスフロアを彩る曲を思い浮かべる人が多いだろう。しかし2010年代以降、このジャンルは大きな変貌を遂げた。Bad BunnyやAnuel AAといった新世代アーティストの登場により、レゲトンは「ラテントラップ」と呼ばれるハードな方向へシフトし始める。そこには、単なる音楽的進化ではなく、ラテンアメリカ社会に根付いた暴力や貧困、ストリート文化が深く関わっている。なぜレゲトンは「ギャング化」したのか。その背景を探ってみよう。
レゲトンからラテントラップへの歴史的変化
2000年代初頭のレゲトンは、Daddy YankeeやDon Omar、Ivy Queenらが築いた“ダンスのための音楽”だった。リズムの核はデンボーであり、歌詞のテーマは恋愛、パーティー、情熱といったポジティブなものが中心。クラブやラジオでの盛り上がりを目的とした、比較的“軽快な”ポップカルチャーとして成長していった。
しかし2010年代に入ると、米国ヒップホップの影響を受けた新しい波が現れる。アトランタ発祥の「トラップ・ミュージック」がスペイン語圏に広がり、プエルトリコやドミニカ共和国の若者たちに受け入れられたのだ。ラテン版トラップは、スローで重いビート、シンセベース、繰り返されるハイハットが特徴。レゲトンのアーティストたちはこの要素を自らの音楽に取り込み、ジャンルをまたいだ新しいスタイルを作り出した。
2005年頃に確率されたトラップの代表曲のひとつ「Young Jeezy – Trap or Die ft. Bun B」
ギャング化の理由
社会的リアリティ
ラテントラップの歌詞は、ストリートのリアルを直接反映している。銃、麻薬取引、刑務所、抗争──こうしたテーマは決してフィクションではない。たとえばプエルトリコは長年、米国領としての複雑な立場に置かれ、失業率や貧困率が高く、麻薬組織の活動が活発だ。若者が直面する日常は、ギャングとの隣り合わせであり、それを歌うことは「自己表現」でもあり「生存の証明」でもある。
Anuel AAはその象徴的存在だ。彼は初期のキャリアで銃の不法所持により服役し、刑務所から電話越しに楽曲をリリースした。結果として「リアルなギャングライフを語るラッパー」として人気を獲得し、ラテントラップを確固たるジャンルに押し上げた。
アメリカ文化との接続
ラテンアメリカのアーティストは、米国のヒップホップカルチャーを強く参照している。特にアトランタやマイアミのトラップシーンは、ラテン移民の多い都市とも密接に結びついている。
Bad BunnyやOzunaがデビュー当初からUSヒップホップのビートを大胆に導入したのは偶然ではない。ラテン市場は英語圏と地続きであり、SpotifyやYouTubeを通じて世界的に拡散される環境が整っていた。ギャング的なイメージやトラップのスタイルは、ラテンアーティストにとって「グローバルで通用する表現方法」でもあったのだ。
映像とSNSのインパクト
ラテントラップのMVは、豪華な車、札束、銃、ストリート仲間との集会など、ギャングスタ的な演出が目立つ。こうしたイメージはInstagramやTikTokを通じて瞬時に広まり、ファッションやライフスタイルと結びついた。若者たちは単なる音楽ファンにとどまらず、アーティストの「生き様」に共感するようになった。
結果として、レゲトン=パーティー、ラテントラップ=ストリートという二極構造が生まれ、ジャンルの“硬派化”が進んだ。
前述の3つの理由をすべてインクルードしたMV:
La Ocasión – De La Ghetto, Arcangel, Ozuna, Anuel Aa, Dj Luian, Mambo Kingz
代表的な事例

・Anuel AA
服役経験を経て「Real Hasta la Muerte(死ぬまでリアル)」を掲げる。

・Bad Bunny
トラップとレゲトンを自在に行き来し、ストリートのリアルからポップまでを飲み込む存在に。

・Eladio Carrión
パンチライン重視のリリックとUSトラップ直系のサウンドで評価を高める。

・Farruko
初期はトラップ色を強め、のちに宗教的テーマへ転換。社会的議論を巻き起こした。
批判と評価
もちろん、この「ギャング化」に対しては賛否がある。
一方で「犯罪を美化している」「若者に悪影響を与える」という批判が存在する。政府や教育関係者は、暴力やドラッグの描写が社会問題を助長する可能性を懸念する。
しかし他方で、「これは現実を映し出したドキュメンタリーだ」と評価する声も多い。レゲトンやラテントラップは、抑圧された社会で生きる若者たちの唯一の表現手段であり、彼らの声を世界に届ける役割を果たしている。
今後の展望
2020年代半ばの現在、レゲトンとラテントラップの境界はほとんど溶けつつある。
Karol GやFeidといったアーティストもトラップ的な楽曲を発表し、TikTokでは「ギャング風サウンド」がダンスチャレンジ化するなど、ストリート要素がポップカルチャーに吸収されている。
つまり「ギャング化したレゲトン」は、もはや一部のストリートだけでなく、世界中のリスナーが楽しむ“グローバルなポップ現象”へと進化しているのだ。
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