はじめに:いま、なぜこの2ジャンルが注目されているのか?
Bad Bunny、Anuel AA、Karol G、Feid…。いまスペイン語圏で最も影響力のあるアーティストたちは、ラテントラップ(Latin Trap)とレゲトン(Reggaetón)という2つのジャンルを自由に行き来している。
この2ジャンルは、どちらも「スペイン語×アーバンミュージック」という括りでは共通しているが、ルーツ・サウンド・カルチャー性・メッセージ性など、実は全く異なるバックグラウンドを持つ。
本記事では、海外の複数の情報源をもとに、ラテントラップとレゲトンの本質的な違いを解説する。
ルーツ:レゲエとヒップホップ、それぞれの出発点
レゲトンのルーツ:ジャマイカとパナマの「スペイン語レゲエ」
レゲトンは、1990年代初頭のプエルトリコで誕生。パナマの「スペイン語レゲエ(Reggae en Español)」とジャマイカのダンスホールをベースにしつつ、アメリカのヒップホップやR&Bの要素を取り入れて進化した。
特に重要なのは「デンボウ」と呼ばれるリズムパターン。もともとはShabba Ranksの曲「Dem Bow」(1990)に由来し、一定のリズムと反復性によって「踊る」ための音楽として完成されていった。
ラテントラップのルーツ:アトランタとプエルトリコの融合
一方、ラテントラップは、アメリカ南部(特にアトランタ)発祥のトラップ・ミュージックが、スペイン語圏アーティストによって取り入れられたもの。2010年代半ばにプエルトリコで盛り上がりを見せ、Anuel AA、Bryant Myers、Farrukoなどのアーティストによって広められた。
トラップの特徴は、808ベース、スネアの連打、ミニマルな構成、テンポの遅さ。それをスペイン語のストリートラップと融合させたのがラテントラップだ。
音楽性の違い:ダンス vs ストリート
項目 | レゲトン | ラテントラップ |
テンポ | 85〜105 BPM | 60〜75 BPM |
リズム | デンボウリズム(跳ねる) | トラップビート(沈み込む) |
サウンド | ラテンパーカッション中心 | 808ベース、シンセ重視 |
レゲトンは、パーティーやクラブで「身体を動かす」ための音楽。一方、ラテントラップは「都市に生きる若者のリアルを語る」ための音楽である。
例えるなら、レゲトンは太陽の下、ラテントラップは夜の街に似合う音楽と言える。
リリックの違い:セクシュアル vs ストリートリアリズム
レゲトン:愛・情熱・官能
レゲトンの歌詞は、恋愛・情熱・官能的な内容が中心。キャッチーなフレーズで構成され、リスナーがすぐに覚えられるような構造になっている。
ex)
- J Balvin –「Mi Gente」:みんなで楽しもうというポジティブなメッセージ
- Karol G –「Provenza」:過去の恋を振り返るエモーショナルな表現
ラテントラップ:犯罪・葛藤・自己表現
ラテントラップは、薬物、暴力、逮捕、貧困、裏切り、成功への渇望などを描く。内容は生々しく、しばしば実体験に基づく。
ex):
- Anuel AA –「Brindemos」:刑務所からの復帰後に語る仲間との絆
- Bryant Myers –「Esclava」:性的な支配関係を暴力的に描写
歌詞において、自己の傷や苦悩をラップで昇華するスタイルは、アメリカのトラップ文化をそのまま継承している。
カルチャーとしての違い:ポップスターとストリートヒーロー
レゲトンのアーティストは、洗練されたポップスターとしての印象が強く、見た目もファッションもモード系でカラフル。華やかな衣装やブランドとのコラボをまとい、MVもビーチやリゾート、クラブのような開放的な場所で撮られることが多い。全体的に、明るく陽気な雰囲気を演出しているのが特徴。
一方で、ラテントラップのアーティストはタトゥーが目立つストリート出身者が多く、ファッションもブラック系やオーバーサイズのストリートスタイルが主流。MVのロケーションも、路地裏、刑務所、夜の街など、リアルでハードな世界観を強調したものが多く、背景には彼ら自身の生い立ちや過去の経験が色濃く反映されている。
代表曲で聴き比べよう:それぞれのアイコン的名曲
レゲトン代表曲(ダンサブルでメロディ重視)
Daddy Yankee – Gasolina(2004)
レゲトンを世界に広めたスーパーアンセム。
テンションMAXのデンボウビートと中毒性あるフックが魅力。
今なおクラブで流れれば一発でフロアが沸く王道曲。
Don Omar – Danza Kuduro(2010)
レゲトン×ラテンハウスの完璧なマッシュアップ。
スペイン語とポルトガル語が交差する異文化ミックスが心地いい。
『ワイルド・スピード』での使用で世界的なヒットに。
J Balvin & Willy William – Mi Gente(2017)
アフロビートやEDMの要素を取り入れた新世代レゲトン。
ノンストップで踊れるビートに、国境を越えた多文化コラボが光る。
Beyoncé参加のリミックスも話題となり、バイラルヒットに。
🌑 ラテントラップ代表曲(メッセージ&重低音)
Bad Bunny – Soy Peor(2017)
「ラテントラップ」を世界に示した代表作。
重たい808ビートと失恋・孤独を描いた内省的リリックが特徴。
自己肯定と再生を歌う強さが、リスナーの心を打つ。
Anuel AA – Brindemos ft. Ozuna(2018)
刑務所から復帰したAnuelが放った一曲。
ストリートの友情や裏切り、栄光の代償をリアルに語る。
Ozunaのメロディックなパートとの対比も秀逸。
Bryant Myers – Esclava (Remix)(2016)
アンダーグラウンド感全開のダークなトラック。
挑発的なリリックとざらついたサウンドで聴く者を引き込む。
ラテントラップ初期の勢いと危うさを象徴する一曲。
まとめ:融合が進む今こそ、違いを知る意味がある
ラテントラップとレゲトンは、たしかに交わるジャンルになりつつある。しかし、それぞれのルーツと目的には決定的な違いがある。
- レゲトン=踊る文化。快楽と情熱を表現する
- ラテントラップ=語る文化。都市とリアルの葛藤を描く
どちらが上というものではないが、違いを知ることでアーティストの表現の幅も、楽曲の奥行きもより深く味わえるだろう。
あなたはどちらの世界に心惹かれるだろうか?
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