──Trap以降、“引き算”が始めたシーン再定義(2020年代後半の現在地)
ラテン音楽と聞くと、どうしてもレゲトンやラテントラップの“派手さ”に目がいく。フック一発、ダンス一発、SNS一発。いまの流行はとにかく速いし、強い。
でも、同じスペイン語圏でも「スペインのHipHop」を追っていくと、空気が少し違う。派手に“盛る”より、丁寧に“削る”。そして削ったぶんだけ、言葉や質感が前に出てくる。そんな逆方向の変化が、ここ数年じわじわ効いている。
Trapブームを通過したスペインのシーンは、いま“次のフェーズ”に入ったように見える。重低音や強いビートで一気に押し切るより、昔の曲の一部(音ネタ)を切り貼りして、じわっと空気感を作る。誇張で派手に見せるより、生活の温度を残す。クラブで勝つより、イヤホンで勝つ。
その流れを一番わかりやすく見せてくれるのが、今回挙げる4人──Foyone / Kase.O / Midas Alonso / Dollar Selmouniだ。
スペインHipHopは「ヨーロッパ的リアリズム」が強い
USヒップホップには、誇張の“強さ”がある。成功の神話、金と名声、キャラクターの立ち上げ方。もちろんそれ自体が文化で、魅力でもある。
一方でスペインのHipHopは、同じラップでも「生活のリアル」に重心が寄りやすい。都市の疲労、階級の感覚、孤独、街の匂い。派手な勝利よりも、淡々とした“現実”がテーマになりやすい。
だからこそ、Trap以降の「引き算」がハマった。音数を減らして、言葉を置くスペースを作る。ミックスをピカピカに磨きすぎず、少しザラつきを残す。そうやって“空気ごと聴かせる”音楽が、ちゃんと居場所を取り戻してきた。
ここからは、その流れを象徴する4人を紹介していく。
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1. Foyone ──硬派Boom Bapを「2020sの精神」で更新する
Foyoneは、いまの“硬派回帰”を語る上で象徴的な存在だ。2025年12月のEP『MANOLITO』では、プロデューサーScenoとともに制作背景を語る形でRadio 3(RTVE)にも登場している。
ここで面白いのは、単なる「昔っぽい音」では終わっていないところ。作品としてのコンセプトがあり、孤独や自己認識といった内面のテーマが、削ぎ落とした音像の上でしっかり立ち上がる。
Boom Bap(主に80年代後半〜90年代の東海岸HipHopで人気を博したビートスタイル)や90sへの敬意は確かにある。けれどFoyoneが“今っぽい”のは、そこに現代の精神状態──不安、疲れ、自己像の揺れ──を真正面から入れてくる点だ。
「硬いビート=昔の音」ではなく、「硬いビート=いまの言葉を立たせるための器」になっている。
この転換が、シーン再定義の鍵と考える。
2. Kase.O ──言語芸のレジェンドが「次のフェーズ」の背骨になる
Kase.Oは説明不要のレジェンドだが、2025年を“復帰の年”としてライブ活動が語られている(フェス中心の濃いスケジュールを示唆)という報道も出ている。Spotify上でも2025年シングルが複数確認できる。
Trap以降、ビートが軽くなっても、結局リスナーが戻ってくるのは「言葉の快感」だ。韻、構文、声の抑揚、語感のリズム。その最高峰としてKase.Oが再び前に出てくると、シーン全体の“基準”が一段上がる。
ここで言いたいのは、彼の存在は「回帰」ではなく「再定義」だということ。若手が更新していくほど、こういう“背骨”が必要になる。Kase.Oは、その役割をいまも担える数少ない人である。
3. Midas Alonso ──クラシック回帰を“キャラ”ではなく“世界観”へ
Midas Alonsoは、2020年代スペインの面白さを凝縮した存在だ。『Mastercaster』(2024)はMondo Sonoroで「スタイルの確立」「独自の雰囲気」「模倣者が出るほどの“オーラ”」と評されている。
彼の強みは、クラシック回帰をしていても、決して古く聞こえないところにある。音を盛りすぎず、声の置き方と間で“世界”を作るタイプだ。
Lo-Fi的なザラつき(=音質を完璧に磨き上げず、少し粗さや部屋鳴りっぽい質感を残すスタイル)、余白の取り方、息遣い。派手な技巧を前に出すより、空気で支配する。US的な誇張の強さとは対極で、内側へ沈む“重さ”がある。
聴けば聴くほど効いてくる。いまのスペインの流れを知る上で、この質感は外せない。
4. Dollar Selmouni ──アーバンミュージックから、HipHopの骨格へ
世代をつなぐ存在として重要なのがDollar Selmouniだ。Razzmatazzの公演ページでは、俳優活動やNetflix作品への関与にも触れられ、音楽以外の文脈も含めた“多面性”が紹介されている。
つまり彼は、Trap/都市音楽の入口から入ってきた層を抱えたまま、より“ラップの本体”へ連れていける。橋渡し役がいるシーンは強い。クラシック派と実験派がどれだけ良い作品を作っても、世代が分断されたままだと文化は育ちにくい。
Dollar Selmouniがフェスやツアー規模で存在感を増すことは、「現場で機能する導線」ができることでもある。そうやってシーンに循環が生まれていく。
Trapは消えてないが、質感が変わった
ここで誤解してほしくないのは、「Trapが終わった」という話ではないこと。スペインの新世代には、Trap/レゲトン側のスターも当然いる。たとえばSaikoはSpotify上でも2024〜2025にアルバムを継続的に出していて、アーバンミュージックの中心にいる。
Rels Bも2025年作『afroLOVA 25』のように、ラップ一辺倒というより、メロディやムードで聴かせる方向を強めている。
つまり起きているのは、ジャンルの乗り換えというより「音の肌触り」の変化だ。Trapの手触りを残しながら、より柔らかく、より空気っぽく、より内省的に。全体がじわっとその方向へ寄っている。
その“空気化”を裏で支えているのが、スペイン国内のLo-Fi文脈でもある。メインストリームが全部Lo-Fiになるわけではない。でも、美学としての“引き算”、“空気”、“間”が浸透していくことで、Trapですら別の質感へ変わっていく可能性がある。
まとめ:スペインHipHopは“静かに面白い”のが最大の強み
Foyoneが硬派の芯を作り、Kase.Oが言葉の精度で基準を引き上げ、Midas Alonsoが質感で更新し、Dollar Selmouniが世代をつなぐ。
この並びから見えてくるのは、スペインHipHopがいま「派手にバズる音」ではなく、「積み上げて育つカルチャー」として成熟していることだ。
日本ではダンス文脈で語られにくく、歌詞の快感も翻訳しづらい分、入口は確かに狭い。
ただ、背景を知ったうえで聴くと、一気に面白さが開くジャンルでもある。だからこそ今は、“聴き込み型”の人に向けて拾っておきたいシーンだ。
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